主観器官

孤独に言葉を編んでいる。

【ネタバレあり】伊坂幸太郎さんが描く強盗の爽快感『陽気なギャングが地球を回す』【感想】

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 伊坂幸太郎さんの三作目『陽気なギャングが地球を回す』を読みました。

 

 『重力ピエロ』は同僚に貸しているので「あとがき」があったのかは定かではないのですけれど、『アイネクライネナハトムジーク』には収録されているのは見直して確認しました。

 本作にも「あとがき」があるのですが、とても陽気な伊坂幸太郎さんを見ることができます。

 

 最後に銀行業務に関してアドバイスをくれた、友人の長尾重延君、どうもありがとう。四人の銀行強盗の計画が成功したのも、失敗したのも、君の責任ではありません。(「あとがき」より)

 

 アドバイスをした友人さんが責任を負わなくてよかった。

 

◇強盗の完成系

 

 本書で解説をしてくださっている、村上貴史さんも言っている事だが、伊坂幸太郎さんの作品内には強盗という役柄が頻出する。それがいかにもこの世にはなくてはいけないように、日本社会に従属するサラリーマンが満員電車になろうとも、電車を必要としているように、伊坂幸太郎さんが描く世界には何かを盗むという性質が必要なのかもしれない。

 

 そして今回、盗むというのは本題となっている。

 

 登場するのは、

 

人間嘘発見器「成瀬」。

正確な体内時計「雪子」。

演説の達人「響野」。

掏りの天才「久遠」。

 

 この四人が繰り広げる銀行強盗がこれまた綺麗なのだ。僕は熱弁する「響野」が好きで仕方ない。彼は『砂漠』で登場した西嶋に似ているのだ。人格とか、そういった根本ではなく空気感が似ている。どこか落ち着く。

 

 これまで伊坂幸太郎さんが描いてきたのは――これまでとエラソーに豪語しているが、これまでというのは僕が読んできたこれまでだ――盗みを働いていた人物だったり、空き巣をする人物であって、物語自体の主軸が「何かを盗む」という事にはなっていなかったと、個人的には解釈している。

 

けれど、本作では伊坂幸太郎さんが描く怪盗、ギャング、強盗の完成系が見られる。

 

『世の中には犯罪らしい犯罪が必要なんだ』(本編255pより)

 

 そうだ。この物語には、そこにロマンがある。

 ロマンはどこだ。

 

◇「成瀬」という格好良さ

 

 そして「嘘」というのも伊坂幸太郎さんの描く世界の根幹の一つなのかもしれない。

 

 著者の第一作目である『オーデュボンの祈り』にて登場しているのが、嘘しか言わない画家の園山だった。

 

 そして本作で登場したのは、嘘をつくのではなく、嘘を見抜く力を持っている「成瀬」という人物だ。

 

 この人物が何とも格好いい。何というか、これまで読んできた伊坂幸太郎さんの描いていた主人公像とは違い、ルパンとコナン君を足して、余分な要素を薄めて出来上がった男、といった印象を得る。

 

 彼がこの物語の構造を把握しているので、読者は余計な詮索をせずとも彼が回答をしてくれる構図は、とても読みやすく、手に取りやすい。

 

 何といっても人の嘘を見抜くのだ。これほど格好良く、等身大で欲しくなる能力というのはないだろう。人の心というのを人が一番知りたがっている。

 

 物語には「成瀬」のような冷静でクールな、そして読者に寄り添って何もかもを見透かしているような人物というのは時に必要だ。

 

 こういう人物はカタルシスを産みやすい。そして何より、恰好良い。

 嘘を見抜く強盗で格好良いのは、「成瀬」ぐらいだ。

 

 勿論、恰好良いのは「成瀬」だけではない。僕は「響野」も恰好良いと思っているのだ。

 

◇辞書と標題

 

 本作には所々に辞書から引っ張ってきた言葉が存在している。

 「あとがき」に記述されているが、これは広辞苑から伊坂幸太郎さんが拝借しているもので、更に自分で脚色をしている言葉たちだ。

 

 例えば、

 

 はやし【林】①樹木の群がり生えた所。②転じて、物事の多く集まった所。③姓氏の一。中国系の姓といい、特に林羅山に始まる江戸幕府の儒官の家が有名。

 ―たつお【林達夫】現金輸送車襲撃犯人の一人。運転手。トカゲの尻尾。

(本編117pより)

 

 

 こういった具合にいくつも点々と存在する言葉たちは、物語を読んでいく上でとても先々の事を予測させてくれるものであったり、一つの情報としての役割を担っている場合がある。

 大抵は伊坂幸太郎さんのユーモアな意味合いに満足する。

 

 そして各章の標題にも注目をすると展開というものの予測がある程度可能になっている。

 

 解説にも記述されているが、本作を伊坂幸太郎さんは前半200枚ほどの原稿を二度没にして、三度目でスムーズに物語が流れているな、と思えたという。

 その苦肉の努力――本人からすればそれが楽しいのだと思う――が読みやすさに伝わっているのだろうな、と思われる。

 

 読みやすさを産むには、そうした言葉の研磨が必要なのだろう。

 

◇終わりに

 

 本編内で「響野」が、

 

 「そもそもだ、強盗犯を、『ジャック』というのは、昔の馬車を襲った強盗たちが、『ハーイ、ジャック』と挨拶をして、襲撃してきたのから始まっただけでだ、意味なんてないんだよ」(本編52pより)

 

 と言っていたが、本当のようだった。